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円珠庵
人間の業の深さを感じます |
| (02/01/14更新) |
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このあたりは大坂冬の陣の時、真田幸村が出丸(いわゆる真田丸)を築き、徳川方の大軍に応戦したところだ。この地にあった一本の榎の霊木は、それ以前から人々の信仰を集めており、それを聞き知った真田幸村は榎に鎌を打ちつけ、鎌八幡大菩薩と称して祈念したところ、大いに戦勝をあげることができたという。
江戸時代初期には、この鎌八幡の境内に、国文学者として高名な高僧契沖阿者梨が居を定め、円珠庵と称した。契沖はここで万葉代匠記や和字正鑑要略を著し、国文学の研究に専念したが、同時に深く鎌八幡を信仰した。この頃から「鎌八幡」は祈祷寺として、人々の信仰が広まった。
大正11年に大阪市では初の国の史跡指定を受けたが、霊木を含む境内の大部分は戦災で損壊した。現在の榎は戦災で傷んだ霊木のひこばえから大きくなったもので、現在でも多くの信仰を集めている。 |
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祈祷寺としての円珠庵は別名「縁切り寺」としても名高い。頭痛、喘息、高血圧から腎臓病、痔に至るまで病根絶から、縁切、因縁絶、悪運絶、厄払いまで何でもOKだ。祈祷料として所定の料金を納めると鎌の文様入りの絵馬、あるいは鎌を奉納してもらえる。
境内は参詣は自由だが一切、撮影禁止。榎に打ち付けてある鎌や、その横の絵馬に目をやるとその訳が良くわかる。勿論、糖尿病と縁が切れますように、といった、ごくまともな物も多いのだが、なんと痴話話に関わるものが大半を占めるのだ。A野B男がA野C子と離婚して私のものになりますように、あるいは夫とD山E子の一切の関係が断たれますように、、、などといった内容の多くが実名入りで生々しく記されている。
こんな静かな住宅街の一角にこんなヘビーな場所がある事に最初驚いたが、太古の昔から、そして、これからも変わることのない人の「業」の数々を静かに受け止め続けている事に尊いものさえ感じてしまう。 |
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道に面した隣家の壁越しに見た霊木。
残念ながらお見せできるのはここまで。 |
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