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大手口周辺 / ・大手門 / ・大手口多聞櫓


(最終更新:2004,10,19)


 上町通りを超えて城域に足を踏み入れるとよく手入れの行き届いた緑地帯が外堀を取り巻く形で広がっている。ここは大手門や天守閣の遠望をバックに四季折々の風景をゆっくりと楽しむ事が出来る場所でもある。また、大阪城の正面口ということもあり、タクシー乗降の為のロータリー、普通車を200台収容できる駐車場もここにある(*駐車場に関する情報はこちら



 西外堀
 南外堀
[大手口]

 豊臣時代の大坂城は石垣、縄張を含めて現在の大阪城とは全く別物であるのだが、大手口から土橋は現在とほぼ同じ場所であった事が調査の結果、確認されている。

 また、江戸時代の大坂城を記述した「金城見聞録」の挿絵「大手之図」には大手土橋のふもと西南部に井戸がしっかりと描かれており、「下馬之井」との名称が記されている。これは石山本願寺の台所の名残と伝えられる井戸であるが、残念ながら現在は跡形もとどめていない。


[広大な外堀風景]
 

 大手門へ向かう際には是非とも土橋両側の広大な外堀風景をご覧になってみてください。外堀の幅は100〜150m。これは当時の火縄銃の有効射程距離を逆算して決められたものだという。

 ちなみに現在では満面の水を湛える両外堀であるが、実はこの水は天然の地下水ではない。西外堀は昭和三十年代の地下水乱用から、また南外堀は昭和四十年代はじめの地下鉄建設によって地下の水脈に異変を来たし、一時は両外堀とも空堀同然の姿をさらしていた。現在では下水の二次処理水を注入する事でどうにか往年の体面を保っている。



[生國魂神社お旅所跡]

 大手前駐車場の横の堀端に残るのが昭和七年、生國魂(いくたま)神社の夏祭の御旅所跡。

 生國魂神社はその神社略記に寄れば神武天皇が難波津に到着した時、石山碕(大阪城付近)に生島、足島神を祀ったのが創祀であるとされている由緒ある神社。豊臣秀吉の大坂城築城時に現在の生玉町に移され、その後は豊臣家、徳川幕府の保護を受け大いに栄えた。この事にちなみ、かっての大手門は「生玉口」との名称で呼ばれていたこともある。

 ちなみに言えば、秀吉は仁徳天皇を祀る高津神社も大阪築城時に真田山北方から現在の中央区高津町へ移転させている。


[大阪観光ボランティア]

 大手門土橋南の公園案内板前は大阪城ボランティアガイドの定時ガイドの集合場所でもある。城内をしっかりと確実に見学したいなら、まずはこのボランティアの方達のガイドに従って城内を一周してみるのが一番良い方法だと思う。

 また、城内各地には法被を着たボランティアの方達が数多く待機されているので気軽に声をかけてみることをお勧めします。隠れた見所なども、しっかり教えていただけますョ(^^)
 
*詳しくはこちら
 (大阪市民ボランティアの項をご覧ください)

  

[NHK大阪放送局と大阪市歴史博物館]

 2001年11月にオープンしたNHK大阪放送局新社屋と大阪歴史博物館は馬場町の新しい顔。

 大阪歴史博物館は本丸内にあった大阪市立博物館がリニューアルしたもので、最新の技術と様々な工夫をこらした常設展示では太古から近代に至る大阪の歴史がわかりやすく解説されている。また、随時開催されている力の入った特別展も必見。ちなみに、ここの展望フロアーは広大な大阪城の縄張を一望出来るお奨めポイントでもある。

*大阪歴史博物館  *NHK大阪放送局

堀端では四季折々の風景が楽しめる


 
 
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