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(最終更新:2004,10,26)

意外に簡素に見えるけど実物は想像以上に重厚な建造物

 大手門とは城の正面玄関のこと。「追」手門と書かれることもある。ちなみに裏口は搦手(からめて)と呼ばれ、大阪城の場合は大手門以外の玉造、青屋、京橋の三門は搦手口となる。この門は寛永五年(1628)年、徳川幕府による大坂城再建時に創建され、天明三年(1783)、落雷により多聞櫓が焼失した際にも類焼を免れた貴重な建造物であり、現在は大手門を取り囲む土塀二棟とともに重要文化財の指定を受けている。正面玄関にしては一見簡素に見えるが近づいてじっくり見れば、やはり鉄板張りの重厚な建造物である。


[ 高麗門形式の門 ]



 「門扉の上の屋根以外に、左右の控え柱の上にも屋根がある門。城郭の門に多い」(広辞苑より) 大阪城に現存する大手門、本丸・桜門ともにこの形式が取られている。

 また、屋根瓦には徳川幕府の城として再建されたことを示す「葵の御紋」が使われていることも要チェックです。




[ 必見! 大手門の「柱継ぎ」 ]

 大手門で必見なのは南控え柱の柱継ぎ部分。東西面(手前)は「蟻継ぎ」、南北面は山型と谷型の切り口を合わせた「殺ぎ継ぎ」といわれるもので上下方面に合わせることは一見不可能に思えるが昭和58年(1983)にX線撮影によって構造は解明されている。

 この柱継は柱の下部分の腐食が進んだため、大正十二年(1923)に南控え柱を補強するため施されたもので、田中建設株式会社(当時「石浜組」)の創業者・石浜太郎平さんの手による物であることも判明している。

 柱継ぎのカラクリは田中建設(株)さんのサイトにて詳しく解説されていますので、是非一度ご覧になってみてください。

 ・田中建設(株)
   *柱継ぎに関しては大阪城のコーナーをご覧ください


ライトアップも雰囲気満点

 
 
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