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岸和田城周辺の風景 泉南唯一の古城
(最終更新:2001年11月17日) |
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現在の岸和田城の建造物は櫓、土塀等、すべて戦後再建されたもの。明治維新の廃城の際、当時の建造物はすべて取り壊され、石垣を残すのみとなっていたが、昭和28年に市立図書館として建設された天守閣を皮切りに本丸、二の丸を中心とする現在の岸和田城域には櫓、城門、土塀等が再建され城址公園として整備されていった。鉄筋コンクリート製とはいえ古びた石垣と水堀の上にしっくりとマッチし、泉南随一の城下町の中心に相応しい佇まいを見せる。
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| 本 丸 |
| 本丸多門櫓〜本丸広場 |
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二の丸広場から本丸へ続く土橋を渡って多門櫓の門を抜けたあたりの風景。多門櫓はもちろん昭和の再建造物で、岸和田郷土資料館の事務所として使われている。
このあたりの野面積みの石垣による縄張りは無骨ではあるが、逞しい味わいがある。
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| 天守閣 |
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昭和28(1953)年に天主再建を熱望する市民の声に応えて市立図書館として建設された鉄筋コンクリート製で三層の天守閣。もともと五層で現在よりも一回り大きかった初代天守が文政10(1827)年、落雷によって焼失して以来の再建だった。
当時の資料は不明だが、史実に基づいた再建物ではないのは明らかで、大阪城天守閣同様、現在なら文化庁は絶対に再建を許可しないだろう(笑)。但し、50年近くの歳月を積み重ねて、今や岸和田を語るとき絶対に外せない風景の一つになっているのも、また事実だ。
現在は郷土資料館として岡部家の遺品の他、武具や郷土ゆかりの民具、古文書、美術品などを展示している。 |
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八陣の庭
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本丸広場の中心の大部分を占める一風変わったこの庭は何なんだ?
庭園設計の第一人者、森重三玲氏によって設計監督されたもので、室町時代以前の城郭平面図をもとに地取し、所々に諸葛孔明の八陣法をテーマに大将を中心に天・地・風・雲・龍・虎・鳥・蛇の各陣を配したものという。
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| 二の丸広場 |
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二の丸広場は室町、戦国時代あたりまでは岸和田城の本丸だった場所。そのころの二の丸は海に突き出た小高い丘で、近くまで潮が差し入っていたという。小出秀正の城郭整備後には藩主が普段居住した二の丸御殿が建てられ、西北角には伏見城より移転された伏見櫓が建っていた。しかし、明治維新の際、全ての建造物が取り壊されてしまった。
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現在の二の丸広場には南西角の武道場と北東角のトイレがあるのみ。かって岸和田城名物だった茶店も今はもうない、、、が、ミニチュアのサル山は健在。しかし、近寄ってみたものの、中にはサルが一匹のみで寂しそう。
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二の丸広場の入り口北東角にそびえる建物。入り口には「二の丸多門」の看板が。由緒ある建物と思いきや、何と公衆便所でした
・・・・・(^^;
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