神戸・長田の鉄人28号

撮影:2009年10月11日

20091011a_08.jpg長田の街に“ガォ~!!” 神戸は長田の街に突如出現した原寸大(?)・鉄人28号のモニュメント。これは地元の商店主さん達が主体となって立ち上げたNPO法人「KOBE 鉄人 PROJECT」が企画し作り上げたもので高さは15.3m(足を伸ばして直立した時の身長は18m)で重量はおよそ50t。中は鉄骨、外は耐候性鋼板製で両足の下は深さ6mに埋められたおよそ150tの基礎で支えられているという本格的なものだ。ちなみに総工事費は1億3,500万円。神戸市より約4,000万円の助成金が出ているが残りは全て個人と企業からの寄付金でまかなわれている。

20091011a_07.jpg老いも若きも大喜びだった 阪神大震災で建造物の約8割が倒壊するという壊滅的な被害を受けた長田の街。震災から14年を経て再開発事業が進む駅前では街の復興は順調に進んでいるように見えるが、やはり一度失われた賑わいは簡単に取り戻せる物ではなく今も神戸市内で唯一人口流失が止まらないのは長田区であるという。神戸出身の漫画家・横山光輝氏の代表作にちなむこの巨大モニュメントにはそんな長田の街にもう一度、人と活気を呼び戻し神戸復興の象徴にしたいという地元の人たちの熱い願いが込められている

*鉄人の足下の整地作業は2009年11月末まで続きます。その期間中、鉄人のまわりは柵で囲われていますのでご注意ください。


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20091011a_27.jpg神戸の下町・長田の街。ここはケミカルシューズをはじめとする

20091011a_25.jpgゴム製品の製造で有名な庶民の街。また、ここは阪神大震災の時、

20091011a_26.jpg壊滅的な被害を受けたことでも知られている。

20091011a_02.jpg再開発事業も進み街は一見、復興したかのようには見えるが

20091011a_1.jpg一度失われた賑わいはなかなか取り戻せるものではない。

20091011a_30.jpgそんな長田の街に現れたのが鉄人28号の巨大モニュメント。

20091011_06.jpgもう一度、街に活気と人を呼び戻し神戸復興のシンボルにしたいという

20091011a_11.jpg熱い願いを込め、地元商店主達が中心となって設立した

20091011_05.jpgNPO法人「KOBE 鉄人 PROJECT」が企画、製作したものだ。

20091011a_19.jpg総工事費は1億3,500万円。

20091011_07.jpg神戸市から約4,000万円の助成金が出ているが、

20091011_08.jpg残りは全て個人と企業からの寄付金でまかなわれている。

20091011a_21.jpg最寄り駅はJR新長田駅。電車を降りると駅構内には大きな看板。

20091011a_01.jpgポスター、案内表示ともに豊富で決して迷うことはない。

20091011a_03.jpg“鉄人”を中心に今はイベントが盛りだくさんだ。

20091011a_15.jpg鉄人が設置されている若松公園は駅から数分。

20091011a_04.jpg道すがら、ふと見上げると街頭も「鉄人28号」だった。

20091011a_24.jpgそして自動販売機も『鉄人』。

20091011a_06.jpg思っていた以上の混雑ぶりにまずは驚く!

20091011_02.jpgそして、その大きさと見事な質感に驚く!

20091011a_09.jpg理屈抜きにカッコイイのだ~♪

20091011a_12.jpg高さ15.3m(足を垂直にのばした時の身長は18m)、重量はおよそ50t。

20091011a_14.jpg両足の下は深さ6mに埋められたおよそ150tの基礎で支えられている。

20091011_01.jpg中は鉄骨、外は耐候性鋼板製とその名の通り全身全て『鉄』で出来ている。

20091011a_10.jpgロケットの噴射口もきちんと再現されていた。

20091011a_17.jpgん!? ・・・この穴は水抜きだろうか?

20091011a_28.jpg↑ このリモコンはちょっと気になる。

20091011a_16.jpg鉄人28号と並ぶ横山光輝氏の代表作『三国志』も町興しに一役買っている。

20091011a_23.jpg商店街に置かれた花崗岩製の「関羽」像。

20091011a_20.jpg同じく三国志より「周瑜」像。

20091011a_22.jpg続いては「諸葛孔明」像。・・・スーパーの赤テント下はちょっと気の毒かも。

20091011a_29.jpg新たな“復興のシンボル”がこれからの長田の街を見つめ続けることになる。